想像させる言葉「くだらないの中に」
今日は、星野源の「くだらないの中に」から抜粋。
首筋の匂いがパンのよう
すごいなあって讃えあったり
くだらないの中に愛が
人は笑うように生きる
「首筋の匂いがパンのよう」という発見がまず凄いし、それを「讃えあって」しまう二人の関係性も愛おしい。
幸せって、些細なシーンに潜んでいたりする。
他人からみたら何でもないようなことが、意外とかけがえのない瞬間だったり。
僕がいまやっているコピーライターという職業は、突き詰めれば「他人の幸せを想像する」仕事だ。
こんな商品やサービスを使えば、こんな暮らしができますよ。
こんな気分を味わえますよ。
そういったことをコピーに込めて、発信していく。
職務放棄ではないが、「他人の幸せ」ほど想像しがたいものはないなと、最近よく思う。
悲しい気持ちや怒りといった感情は、ある程度万人に共通する部分があるが、喜びや嬉しさは人それぞれだ。
例えば、道ばたにハルジオンが咲いていたとする。
ある人は邪魔だと思うかもしれない。
またある人は、その花に春のおとづれを感じ、うきうきした気分になるかもしれない。
高校生のカップルにとっては、街中のクレープ屋で買ったチョコバナナクレープを分けあって食べることが、至福の瞬間かもしれない。
そしてその姿を見て、どこか懐かしく思いながらも、今の自分たちには物足りないなーと感じる別のカップルがいたりする。
これらはあくまで一例だ。
実際の幸せとは、他人には気づかないようなことである場合が多い。
もちろん、出産や子どもの成長、昇進・昇格などテンプレート的な幸せもたくさんあるが、広告屋としてはそれだけじゃ成り立たない。
難しいけど、考えることが苦でなければ、とても魅力的な仕事だと思う。
(オチはそこかいw)